おだニッキ

きっとDESIGN要素強め。

じぶんにとっての「わくわく」の正体



いままで呪文のように「わくわく」という言葉を使っていました。

「もっとわくわくするデザインがしたい」
「わくわくするアイデア考えられるようになりたい」

なんか最近わくわくってすごい連呼してるけど、実際じぶんのよく言う「わくわく」ってなんのこと言ってるのか明確にこれ!っていうのが言えなくて、
「ワクワクの正体ってなんだ?」
ってずっともやもやしてました。

朝起きて、先日amaz○nから届いたノーマン著の「エモーショナルデザイン」を読んでいたら、なんかふわっと自分の中のもやもやが解消される言葉がありました。

物理的な手触りや感触は、その評価に大きな違いを生む。
物理的なものは情動世界を伴う。そこには、肌触りの良い表面の感覚やざらざらした不快な感触がある。


あっ
私の悩んでた「わくわく」って感覚、これだ

「触感」だ。
ずいぶん前に興味本位&無意識で『触楽入門』って言う本を買ったけど、何であの本買った時に気づかなかったんだろう)


ゼリー状芳香剤のプルプル感、こんにゃくを指で押す弾力感、土壁のザラザラ感、洗ったお皿のツルツル感、前浜の砂のさらさら感、ボールプールに埋まる圧迫感とゴツゴツ感、しばらく掃除サボってたお風呂の角のぬめる感。 自分だったら、こんな物理感が画面の中にあったら楽しいなあと思う。

iPhoneの話

日本人の大好きなAppleiPhone。 今は自分も普通にiPhoneを使っているけど、ガラケーからスマートフォンに切り替えるとき、少し寂しいような怖いような、言いようのない違和感を感じたことがあって、

「最先端かっこいい、スタイリッシュでシンプルでかっこいい、でも心なしか、ボタンの「確かに」押した感欲しい」

と思ったことがありました。
幸いiPhoneは、中央に「ホーム」という物理的なボタンが一個。そのボタンに言い知れない安心感を覚えているのは今もきっとそうです。
(今後なくなると聞いてわずかに触感の不安を抱えてる)

iPhoneの液晶画面が丸ごとボタンになれば安心する問題なんだろうか。


絵を描く感触

もう一つ、普段の自分の生活の中で触感に関して。
「紙とペン」を使ってアナログで絵を描く触感と、「ペンタブレットとディスプレイ」を使ってデジタルで絵を描く触感は、だいぶ違う。

「デジタルはアナログを模倣しろ」とかそう言うことじゃなくて、それぞれのアイデンティティみたいなものはあって、同じものじゃないけどどっちもよいとは思っていて。
ただ触感に関して言うと、個人的にはアナログの方がまだまだ心地よいという話。

アナログは、鉛筆の尖った芯が少しだけ紙に沈む感覚とか、線を引く時に感じる重みと引っ掛かりとか、筆の進め方で変わるインクの染み方とか、紙とペンの摩擦で起きるインタラクションが、他にない唯一無二の魅力。

デジタルは、質の違うプラスチック同士の無機質だけどアナログに近づけようとしてる独特なマット感とか、基本的に優秀でさらさら描けるけど、たまに動作が遅くなってペンの物理的な動きに慌ててついてくみたいに後を追う画面の中のペンが生き物っぽく見えたりとか、アナログを模倣して生まれて、全然感覚違うけどちゃんと独特な感触が存在してる魅力。

まあどっちも魅力的で面白い性格を持ってるんだっていう面白くない結論に行き着くわけだけど、伝わる触感はやっぱりアナログの方が好きです。




この話というのも、先日友達と街中うろついてたら、自分が素材感のことばっか言ってると指摘されたのがきっかけでした。
なんでだろうとぐるぐる考えてながら本を読んでいたら、最近のわくわくという謎の正体にも行き着いて、なるほどそういうデザインがしたいのか。
考えることと伝えることが不慣れすぎて、思考を言語化するよう意識してたら、自分のにとっての新しい感覚を認知しました。

言語化って大事だなあ。こういうの作れるようになりたいなあ